日曜日のおはなし 3月2日

年間第8主日

      空の鳥、野の花を見よ

「空の鳥をよく見なさい。 野の花がどのように育つのか、注意して見なさい」(マタイ6・24~34)

「自然というのはとことん行き詰らないとほんとうの姿を見せてくれない」。これは、北海道旭川で自然牧場を始め成功した齋藤晶さんと、青森でリンゴの自然栽培に成功した木村秋則さんのことばです。

二人は牛とリンゴと分野は異なりますが、同じような自然との戦いと自然発見を経験して今に至った方々です。

齋籐さんは農業とはこういうものだという固定観念で、日夜努力されて、精も魂も尽き果てとことん行き詰ってしまいました。

その時ふと山の上の木に登ってじっと眺めていたら、自分はお金まで使っても生きていけないのに、この山で小鳥や昆虫は何も持たずにのびのび生きているではないか、この違いは何かというところに気付かされました。そしてそこから始められたのです。

木村さんは「リンゴは農薬で作る」と言われた今までの農法に疑問を持ち、農薬や肥料がなくてもリンゴはできるのではないかということにとことんこだわられて、ついに行き詰まってしまいました。

もうだめだとロープを持って山に登り、首をつるのによい枝ぶりの木を探していて、そこで雑草の生い茂る中に立つドングリの木に気付いたのです。

被害葉が少なく、雨が少ないのに草の下の土は湿気があり、手で軽く握り締めてもすぐにほぐれる。雑草の中に生き生きとして立つドングリの木がリンゴの木と重なって見えたというのです。

木村さんはさらに言われます。「人間はリンゴを食べて幸福を失った」と。これは人間がエデンの園でリンゴを食べて楽園喪失してしまった聖書の物語に言及したものですが、変な固定観念を持ってしまって、自然が見えなくなってしまった悲劇をずばり表現したことばでもあります。

お二人の生き方を今日の日曜日のお話しで紹介したのは、まさにそのままずばり、冒頭の聖書のことばを受け入れ、実行した典型的モデルだと思うからです。

人が雑草とか雑木ということばで排除しようとしたものが、逆に生かし合っている絶妙のいのちの世界を、お二人は人工の化学肥料などで汚染された世界を抜け出して発見したのだと思います。

「空の鳥、野の花を注意して見なさい」。雑草を見なさい。大地の力を見なさい。このお二人こそ注意深く自然を見、したがって聖書をみごとに読みこなしたのです。

ただ、エデンの園で人間が食べた木の実は聖書ではリンゴだはなく「善悪を知る木の実」となっていますが、この際大した問題ではありません。

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