神は人を偉大なものとし、万物をつかどらせる

カトリック上神崎教会

平戸ザビエル 祭へのご招待

⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎ どなたでもどうぞ ⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎

平戸ザビエル祭へようこそ

「ザビエルとともに 社会とともに」
== 世界遺産への流れの中で ==

 まるい地球に地の果てなどあろうはずがありません。しかしザビエルは、1549年極東の地、東の果ての日本にその足を踏み入れることとなりました。そして翌年1550年この地平戸を訪れ、まるいパンをしっかりと手に持ってミサを捧げ、人々にそのいのちのパンを分け与えようとしたのでした。
 ザビエルはここ平戸で何を思ったのでしょうか。そしてわたしたちは今、このザビエル祭に参加するに当たり、何を心に思い描けばよいのでしょうか。
 ザビエルの心の奥の思いはしかとは分かりません。しかし、もしかしたら、地の果てまで来て、ミサのまるいパンを掲げて、地球はまるいこと、地の果てなど実際にはないことに気付いたのではないでしょうか。果てるところがあるとすれば、それは心の果てであり、そこへの道を阻む心の壁であり、そのことに東洋や西洋の違いなど全くないということに。
 ミサはミッションであります。ミッションとは使命を意味し、使命への派遣を指します。キリストのパンを掲げ、心の果てまで行きつくことを使命と心得ることであります。
 心の果て、そこは、悩み、苦しみ、不安、不満、底知れぬ欲望と孤独の闇が渦巻く場でもあります。しかしそこは同時に、まるいパンのように果てもなく壁もなく、すべてを満たす真実のいのちが満ち満ちる場でもあります。他の方々はこのいのちをさまざまな名で呼ぶことでしょう。キリスト者はこれをキリストのいのちと呼び、一途に信じ、毎週これを味わうために教会に集います。
 そしてそのいのちが、みどり、ひかり、いのりをまとって、ここ平戸の地と全世界に根付くことを日々願っているものであります。

 いま、日本キリシタン史上、第三の大波が打ち寄せようとしております。第一波はもちろんザビエルの日本渡来、第二波は長い潜伏の時を終えて訪れた1865年の、長崎大浦天主堂におけるいわゆる信徒発見の出来事です。
 来年その信徒発見150周年を迎えようとしているこの節目の時に当たり、世界遺産運動、それに伴う長崎巡礼文化づくりなど、日本キリシタンの苦難に満ちた重厚な歴史を、世界が評価する時が巡って参りました。
 いわば世界基準の長崎そして平戸の時代がいま開かれようとしています。ザビエルが辿った道は時を超えて延々と続いていたのです。

 いま、日本のミサすなわちミッションへの足取りは確かなものとなっているのでしょうか。一途に豊かさを求めて歩んできた、その豊かさが揺らいでいます。物は豊かでもその先の豊さがぼやけて、人々は不安と不満に悩まされているように見えます。
 否定と分裂のことばがあふれ、肯定と結びの声が消えて行きつつあります。だから今こそミサが必要なのです。ミッションが求められているのです。心の果てへと向かう派遣が請われているのです。

 このような想いを込めて、ここ平戸文化センターにおいて、平戸ザビエル祭のメインイベントとしてともにミサを捧げる行事を企画いたしました。
 地の果てはともかく、心の果てに向かって、宗派を超え、時を超え、人間の壁を超え、それぞれのミサを捧げるべく、それぞれのパンを携えて、ここ平戸へ参集いただき、感謝の想いは尽きません。
 鹿児島とともにキリスト道歩み始めの地平戸のこのイベントが、人間の心の果てへの巡礼の、新たな歩み始めとなることを念願してやみません。


2014年11月30日
平戸ザビエル祭実行委員会

日 時:2014年11月30日(日)午後2時
会 場:平戸文化センター大ホール
問合せ:平戸ザビエル記念教会
    TEL 0950-22-2442

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